<Header>
<Author: 岑參>
<Title: 與高適薛據登慈恩寺浮圖>
<Format: 五言古詩>
<Year: 1964>
<BookName: 唐詩選　上>
<Translator: 斎藤晌>
<style: 現代文無假名>
<style2: 日本現代譯文無假名標注>
<TranslatedTitle: 高適・薛據と同じく  慈恩寺の浮圖に登る>
<BookPage: 42>
<UsedPage: 1>
<Feature: 1, 4>
<End Header>
<Poem>
塔勢如湧出，
孤高聳天宮。
登臨出世界，
磴道盤虛空。
突兀壓神州，
崢嶸如鬼工。
四角礙白日，
七層摩蒼穹。
下窺指高鳥，
俯聽聞驚風。
連山若波濤，
奔湊似朝東。
青槐夾馳道，
宮館何玲瓏。
秋色從西來，
蒼然滿關中。
五陵北原上，
萬古青濛濛。
淨理了可悟，
勝因夙所宗。
誓將挂冠去，
覺道資無窮。
<End Poem>
<Translation>
大慈恩寺の塔は高さ三百尺もあって、さながら地から湧き出たようで、ただ一つ、高く、天上の宮殿にまでも届きそうなほど、そそりたっている。これに登って眺めると、俗世間から脱出してゆく感じで、石の階段を踏んで、ぐるぐると虚空をめぐってあがってゆく。ゴッンと突き出して長安市街を威壓するすがた。崇高な、いかめしさは、とても人間わざとは思われない。まさしく鬼神の手でつくられたかと疑われる。方の槍角は、太陽の運行をさまたげはしないか、七層のいただきは蒼空にふれはしないか。そんな錯覺におちいる。おそるおそる下をのぞくと、鳥が下の方を飛んでいる。うつむいて耳をすますと、疾風のごうごうという音も足もとから聞こえてくる。最高層に登って見晴らすと、どうだ。眼前に見える山脈は、まるで大浪がゆれているようで、あたかも百川が東海に注ぐがごとく、この帝闘に朝するありさまといおうか、東へ向かって走っている。 かなたに隱見する大通りには、兩側に青い松の竝木がつづき、點在する宮殿の建物は、なんと目がさめるように、あざやかで美しいではないか。秋の氣配が西の方から寄せてきて、しっとり蒼暗い調子が關中に満ちている。渭水の北岸にそうて漢の皇帝の陵墓がつらなる、いわゆる五陵のあたりは草樹がおい茂って、昔ながらの青さが濛々と立ちこめている。わたしはこの神聖な場所に立っているだけで、佛歌の清淨な妙理もすっかり悟ることができそうだ。それというのも、平生から殊勝な善因をあがめていた甲斐があらわれたのだ。ゆくゆくは、しがない役人などは、すっぱりやめて、必ず、この尊い、さとりの道に帰依して未來永劫の佛果を得るたよりとしたいものだ。
<End Translation>
<Formatted Translation>
大慈恩寺の塔は高さ三百尺もあって、さながら地から湧き出たようで、
ただ一つ、高く、天上の宮殿にまでも届きそうなほど、そそりたっている。
これに登って眺めると、俗世間から脱出してゆく感じで、
石の階段を踏んで、ぐるぐると虚空をめぐってあがってゆく。
ゴッンと突き出して長安市街を威壓するすがた。
崇高な、いかめしさは、とても人間わざとは思われない。まさしく鬼神の手でつくられたかと疑われる。
方の槍角は、太陽の運行をさまたげはしないか、
七層のいただきは蒼空にふれはしないか。そんな錯覺におちいる。
おそるおそる下をのぞくと、鳥が下の方を飛んでいる。
うつむいて耳をすますと、疾風のごうごうという音も足もとから聞こえてくる。
最高層に登って見晴らすと、どうだ。眼前に見える山脈は、まるで大浪がゆれているようで、
あたかも百川が東海に注ぐがごとく、この帝闘に朝するありさまといおうか、東へ向かって走っている。 
かなたに隱見する大通りには、兩側に青い松の竝木がつづき、
點在する宮殿の建物は、なんと目がさめるように、あざやかで美しいではないか。
秋の氣配が西の方から寄せてきて、
しっとり蒼暗い調子が關中に満ちている。
渭水の北岸にそうて漢の皇帝の陵墓がつらなる、いわゆる五陵のあたりは
草樹がおい茂って、昔ながらの青さが濛々と立ちこめている。
わたしはこの神聖な場所に立っているだけで、佛歌の清淨な妙理もすっかり悟ることができそうだ。
それというのも、平生から殊勝な善因をあがめていた甲斐があらわれたのだ。
ゆくゆくは、しがない役人などは、すっぱりやめて、
必ず、この尊い、さとりの道に帰依して未來永劫の佛果を得るたよりとしたいものだ。
<End Formatted Translation>